教授挨拶
岡田 浩一
“小さな計画を立ててはならない。そこには人間の血をかきたてる魔力がないし、多分それ自体、周囲に認識されることがないからだ。それよりいっそ、大きな計画を立てよう。希望を掲げて頑張ろう。そして一旦記録された高貴で論理的な図式は決して消え去ることはなく、我々の死後も長くさらに強く自身を主張して生き続けるということを忘れてはならない。”

これは19世紀末に活躍した米国の著名な建築家で、20世紀初頭にシカゴの未来都市計画を発表したDaniel H. Burnhamの言葉です。この言葉を最初の米国留学中に知り、以後、折に触れて思い起こしては自分を奮い立たせてきました。それは世界が注目する研究成果をあげたいとか、”God hands”を持ちたいなどという野心ではなく、現状に甘んじることなく常に前向きに自分を高めていきたいという真摯な気持ちを忘れないためです。

私が常々、教室員に伝えているメッセージの一つが「各自、一芸に秀でよ」ということです。これは大それたことではなくてよいので、自分が興味を持ったものは何でも納得がいくまで突き詰めなさいという激励です。夢中になれるものがある人は心に余裕が生まれ、人に優しくなれます。また物事を突き詰めようと努力する人に、人は一目を置き、敬意を抱くものです。このようにして育まれる教室員の協調、これが教室を力強い組織へと向上させる駆動力になると考えています。

個々の教室員のみならず、本教室が組織として一芸に秀でるべく目指している三つの目標があります。

1)Total Nephrologyの確立

Total Nephrologyとは鈴木洋通前教授が提唱された概念で、リスク管理から腎疾患の専門的治療、そして末期腎不全に到達した後の腎代替療法、さらに患者の全人的ケアまでを含む包括的な腎臓病学という意味です。「全身から腎臓を診る」、「点ではなく線で腎疾患患者を診る」という言葉に置き換えても良いでしょう。基本領域としての総合内科とサブスペシャリティーとしての腎臓内科という、近年の二本立ての考え方を先取りしていました。連携する埼玉医科大学病院群には様々な分野の専門家・指導医が揃っており、また埼玉西部地域の基幹病院として多彩な症例を経験できることなど、本教室はTotal Nephrologyを率先する腎臓専門医を育てる研修環境としてたいへん恵まれています。

2)Evidence-based medicineとNarrative-based medicineの両立

2007年より日本腎臓学会の学術委員として様々な診療ガイドラインの作成に関与できたことは、個人的にも現在までのエビデンスを吟味して日常診療に活かすという点でたいへん役立っています。EBMに則った”標準治療”については、すべての医師が知っていなければなりません。ただし単にガイドラインに沿って”標準治療”を実践することが日本の医療に大きく貢献するとは思えません。日本独自のきめ細かな患者観察と対話、そして病態生理と患者個性に応じた柔軟な診療には大きなメリットがあり、そこに確立されたエビデンスとの整合性を常に意識する科学的態度を加味することで、より優れた医療の実践が可能になるものと確信しています。そこで1)と合わせて私が理想とする腎臓専門医とは、「patient-orientedな総合的臨床能力を有し、増え続けるdisease-orientedな医学情報を適切に取り込み、自分の担当患者に責任感を持ってトータルケアを目指す医師」となります。その上で各自が一芸に秀でるべく夢中になれるものを見つけられれば、これ以上言うことはありません。このような腎臓専門医を本教室から輩出したいと思っています。

3)Senior medicineとしての腎疾患診療と臨床研究の推進

未曾有の高齢化が進行する我が国は世界中から将来のモデルケースとしてその動向が注目されており、そのような国だからこそ行える(行なうべき)臨床研究を推進し、積極的に情報発信したいと考えています。高齢者は身体状況に個人差が大きく、エビデンスの創出が困難なため、現在まで高齢者に特化した腎疾患診療におけるエビデンスはほとんど報告されていません。そこでいくつかの高齢者の腎疾患診療に関するクリニカルクエッションについて(たとえば「高齢者の難治性ネフローゼ症候群に対する至適免疫抑制療法は何か?」、「高齢者の腎代替療法導入後の転帰に影響するリスク因子は何か?」など)、エビデンスの創出を目指した臨床研究を開始しています。その際も、生命予後や腎機能予後だけではなく、QOLや患者満足度を加味したアウトカムを評価しなければ、高齢者やその家族が真に望む全人的医療には結びつきません。高齢者は経時的に腎機能を失って行く潜在的な慢性腎疾患患者とも考えられ、腎臓専門医はその全身管理の最適任者であることを実感しています。そこで高齢者を対象とした腎疾患診療を高齢者の総合診療“Senior medicine”と位置づけ、その視点からのエビデンスの創出と情報発信を行いたいと考えています。

本教室は新たにスタートを切った、若い教室です。私や教室員とともに理想とする腎臓専門医へと自分を磨きつつ、一芸に秀でるべく物事を突き詰め、そして力強い組織へと教室を一緒に盛り上げようという志を共有できる若者の参集を期待しています。

埼玉医科大学医学部腎臓内科
教授 岡田 浩一